飛び出す絵本「「日清食品50年史」Part.4

★インスタントラーメン発明ヒストリー

創業者安藤百福さんと飛び出すカップヌードル

カップヌードル誕生秘話

日清食品は、1958年(昭和33年)に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発売しました。好調な売れ行きが続いていましたが、世界中の人たちにインスタントラーメンを食べてもらうために、どんぶりと箸でなくても食べられるように新しい食品を開発したいと思っていました。創業者の安藤百福さんが訪れたアメリカで、バイヤーが麺を小さく割って紙コップに入れ湯を注いで、フォークで食べているのを見て、それをヒントに「カップヌードル」を思いつきました。

製品開発の過程で創業者の安藤百福さんは、「片手で持てるサイズ」にこだわり、コップの形状にしたうえで、素材は、軽くて断熱性の高い発泡スチロールを採用。中に入っている具材についても多くの工夫がされています。麺は、カップの中央で内側に密着して宙づり状態で入っています。こうすることで、運送中に麺が壊れずに、お湯を注いだ時に麺全体をお湯が包み込むようにできて、麺がむらなくほぐれることになります。

カップヌードルがヒットするきっかけになった事件とは?

カップヌードル」は、1971年(昭和46年)に発売されました。その翌年、カップヌードル」が一気に世の中で知られることになる事件が起きました。それは、連合赤軍が人質を取って立てこもった「浅間山荘事件」です。2月の寒い冬に山荘に立てこもり抵抗する犯人にたいして、機動隊が人質救出作戦を実行していました。

人質を救出して犯人を逮捕するまでに10日間を要した。寒い野外で任務についていた機動隊に配られたのが、「カップヌードル寒いなか、温かい「カップヌードル」を食べる機動隊の様子が日本中にテレビ放映され、一気に国民に知られることになりました。安藤百福さんも予想できなかった出来事で大ヒットし、現在まで売れ続けるロングセラーとなった。

日清食品は、カップヌードルの製法を特許・実用新案を申請し登録しましたが、この特許技術を独占せずに公開したため、他社も同じような商品を発売し、カップ麺の市場が多きく成長していきました。そして、2021年(令和3年)5月、シリーズ累積世界販売数が、500億食に達したと発表しました。